2003年6月X日 映画”8 Mile”を見ました

 ラップのCDは1枚も持ってないし、もちろんどんなことをを語っているのか活字でしか読んだことはないけれど、エミネム主演の「8マイル」を見てきました。テレビで見たら十分素敵な映画だろうけれど、お金を払って暗いところに座っている私には、定食屋さんでおいしいお昼ににありついたぐらいの満足度でした。
  エミネムは抑制された演技で、神経が細くギラギラした上昇志向とちょっと離れたところにいる主人公を演じて、自然に感情移入していける魅力があります。アフリカ系のほうが多い彼の友人達との交流と友情、良い車と良い女が夢の太った兄と、女嫌いで政治的な発言に傾くやせたラップ仲間の兄弟、反目する少し豊かで名前が出てきたグループ、昔のガールフレンドの薄っぺらな強がりの切なさ、新しい恋人の積極性と上昇志向の危ういエネルギー、良いところ悪いところを一人一人の中に書き分けてリアリティがあります。けんかもアクション映画のようにむやみにピストルを撃つような派手さとは無縁で、誰かがピストルを出すと皆でやばいと止めたりするところ現実感がありました。母親にセックスの悩みをうち明けられてうんざりするところ、家賃を払えず追い出されそうな彼女が毎週行くビンゴに勝って運が向いてきたと喜ぶ額が$3200とささやかなところ等エピソードも巧みで、バランスの取れた良い脚本です。 デトロイトの荒れた町の撮影もよく分かるように撮影されています。皆でレイプ事件のあった廃屋に夜、火をつけて皆で見ているシーンなど火照りを感じられるようでした。
  でもそれ以上の映像にではありません。コーエン兄弟の映画のようなドキドキするような絵の魅力が欲しい。脚本にも演出にもデトロイトの貧しい地区の八方ふさがりのどうにもならない感じ、錆をなめるような苦い感じのシーンが、もっとこの状況の辛さを表現するためには欲しい。魅力はあるが手に負えない友人が登場してもいいのではと思うし、働かない母と居候の若い男に挟まれた幼い妹も心の傷がないように見えてしまう。例えば伏線にもならない訳の分からないエピソードが幾つかあっもいいのではと思ってしまいます。映画として整いすぎて荒れたデトロイトの風景とマッチしません。
  監督のカーティス・ハンソンは「ゆりかごを揺らす手」「LAコンフィデンシャル」と見て今度は3本目だけれどどれも面白かったし、その中でもこの作品が一番破綻が少ないように思うのだが。「ゆりかごを揺らす手」では温室のガラスが落ちてくるシーンが印象的だけれど、結末が付けたりのように弱かった。「LAコンフィデンシャル」は明るいカリフォルニアの空気感と退廃した人間関係のコントラストが綺麗だったけれど、おびき寄せられての廃屋での銃撃シーンがリアリティが無く、その上ラストシーンでは、あっけなく改心てしまった人がいたりして、いかにもご都合主義だった。この作品もやはり綺麗にまとめすぎている印象。でも、同じ構造の「サタデイナイトフィーバー」よりは好きだけれど。
  そんな欲求不満の中で一番の好きなシーンは、エミネムの働くプレス工場の昼食時、外のランチカーの周りでのラップ合戦、苦さと楽しさの絶妙なカクテルだった。

©Seki Kenichi     index BBSにメッセージを