私の読書 2018年のベスト10

2019.6.20 更新

       
第1位

前田 勉
「江戸の読書会」

 江戸時代の学問は儒教もその他の分野も、実際の立身出世と関わりがなかった。そこが科挙による人材登用の道のある中国韓国と大きく異なるところだった。受験学問におちいらなかったため、自由で活発な討論があり、身分制を超えて下級階級のものが上級のものに勝てる場所でもあった。たとえ藩主に反論してもお咎めなかった例など豊富な引用で具体的に描写し共感している。
 中津藩の下級武士であった福沢諭吉もこのような自由な学問の世界から新しい考えに到達したのであろう。
 ただそれは向学心に燃える熱心で優秀な人による世界であったため、国民皆学である明治以降の学校では画一的教育に置き換わっていった。
 意見を言わない日本人は明治以降の教育で作られていったように。この本を読んで感じた。

第2位

幸田 露伴
「連環記」

 幸田露伴はながらく「五重塔」しか読んでいなかったが、後期の作品を読み始めてその面白さに圧倒された。難しい漢字、熟語の連発で、JIS第2水準にもない漢字が出現して辞書を引いてもわからないところもあるのだが、たとえそれが全てわからなくてもべらんめえ調の語り口、リズム感の良さで快く気持ちに落ちていく感じだった。脱線の面白さは寄席の芸を思わせるところもある。

 露伴の周辺の人が彼を描いたものも面白い、岩波書店の小林勇は彼の欠点を相当に書きながら愛情にみち溢れている。漱石にも通じる江戸っ子の意地を感じる。多事に通じ、全てに意見を持ち、合理的なのにいじわるなところもある親を持った幸田文の気持ちが少しわかった気がする。

 露伴が親戚の初心者をあつめた俳句会の記録もすこぶる楽しい。有名な加賀千代女の「あさがおに〜」の句への批判など腑に落ちる。

第3位

ジェラード・ラッセル,
「失われた宗教を生きる人々」


 イスラム一色と誤解される中近東では小さな宗教が多数生き残っていて、ユダヤ教以外を根絶やしにしたキリスト教世界と大きく違う。それらの宗教を暮らす人たちを実際に尋ね厳しい近況を報告するイギリスの外交官の作者の公平な目がすばらしい。
 キリスト教主流派の聖書に描かれるパリサイ人の信仰ははユダヤ教とは違う宗教であり、イスラムとユダヤの間で双方に距離を取っていると言うことも新たな発見であった。
 コプト派キリスト教はイスラム以上に厳しい戒律を持つなどの情報も目から鱗であった。

第4位

石光 真清
「城下の人」

 高校の副読本に一部引用されていた「城下の人」を初めて全編読み、大変におもしろかった。熊本藩の下級藩士ながら実力により重要な仕事をしていた作者の父は武士の世が終わることを見通していたようだが、西南戦争の西郷軍の熊本占領時、まだ少年だった作者は武士道に燃えむしろ復古的で時代が見えていなかったことを素直に書いている。
 これは4部作で、東京に出て士官学校入学から、こころならずも陸軍の情報将校として中国東北部をかけめぐり、帰郷退役して郵便局長をする晩年までがえがかれている。やはり白眉は第1部だが、大陸の日本軍の未定見、右往左往がかかれている3冊も読むに値するものだった。
第5位

林 京子
「祭りの場」

 長崎原爆の被爆者である作者が自ら体験を虚飾、妥協無しで描ききっていて迫力に満ちている。書かざろう得なくて書いた本と言うことが伝わってくる

第6位

スティーヴン・D・レヴィット
スティーヴン・J・ダブナー
「ヤバい経済学」

 裏の仕事も人材、努力、マーケティング等々、表の企業と同じ努力をしていることがわかるし、裏の仕事でも階層や人種の違うところに食い込むには同じような障害があるという最もすぎる話が無性におもしろい。人間がしっかり描写されているからだろう。

第7位

フラバル
「わたしは英国王に給仕した」

 フラバル大好きです。これも面白く物悲しい。

第8位

マリリン・ロビンソン
「ハウスキーピング」

 美しく悲しい
第9位

ラッタウット・
ラープチャルーンサップ 
「観光」


 タイ系アメリカ人の作者の素晴らしい短編集
第10位

榎原 雅治
「中世の東海道をゆく」

 中世の道や宿場はその時の政治状況、また今では考えられないことだろうが、当時はしょっちゅうあった川の流路変更などで位置が変化している。名古屋近辺を中心に具体的に説明している。歴史地理学は楽しい。

番外

 

三橋順子
「新宿性なる街の歴史地理」

 これも歴史地理学の研究書、表紙はセクシーだが中身は硬派。復元しようと試みるのは公認非公認の新宿の売春地帯だが、古地図、航空写真、色々な資料に残る写真を証拠に場所を特定していく。新宿区民であるレビューワーにとっては今はなくなった道、都電、建物を思い出し懐かしい。赤線廃止の時は小学校3年だったが。

番外

小島政二郎
「俳句の天才 久保田万太郎」

 久保田万太郎の小説は遥か昔「三の酉」を読んだだけだが、小島政二郎は彼は俳句の方が良いと宣告する。確かに軽妙で東京的で共感できた。

 

2017 2016 2015
2002

©Seki Kenichi