私の読書 2019年のベスト10

2020.3.25 更新

       
第1位

ベルナノス
「田舎司祭の日記」

 あまりに自らに誠実で他人には不器用な新任の司祭の話となると道徳的教訓的な小説と捉えられそうだが、題名の与える印象とは真逆の熱にあふれた小説で引き込まれた。最も頑なな人の心を溶かす何かが彼にはありその過程の描写が心を揺らす。少数の理解者を彼は得るのだが、過激な自己批判と広い教区の負担から徐々に体が蝕まれてゆく。登場する貴族から聖職者、医師、庶民、若者にいたるまで、リアルに複雑でまさに今生きている人間に描かれていた。
 著者はフランスの行動右翼アクシオン・フランセーズの熱心なメンバーだったが、スペイン戦争を機に法王庁批判に転じ、ナチ占領下ではヴィシー政権に反対している。誠実な右翼出身者の良心を日本でも感じることがあるが、左右両翼によくある目的のためには欺瞞を認める姿勢とは一番遠いところにいるからだろう。

第2位

ジェリー・Z・ミュラー
「測りすぎ」

 企業や学校、病院、警察など実績を測定し、それによって金銭的な報酬や昇進等を行うことははなはだ理にかなったことのように思われる。説明責任、能力給等々の言葉は新しい革新のように考えられている。
 これに対し、実証的な研究によって測定に頼りすぎることは、負の効果が非常に大きいと警鐘を鳴らしている。中国の諺でいえば「上に政策あれば下に対策あり」ということだ 
 例えば「上澄みすくい」というやりかたでは、病院では治癒率を上げるために難しい患者を断る、警察では検挙率を上げるために事件を受理しない、学校では試験の成績を上げる為に成績の悪い物を休ませるといったやりかたである。
 また外部のコンサルなどの調査では測りやすいものを測って、とても大切だけれど数値化できないものを切り捨ててしまう。例えば企業で後輩の世話をよく見るような人間はとても大切だが数値化できないので評価されず、自分のことしかやらない人間が給料が上がるというような例である。
 簡潔な一冊だが目を開かされることが多い。
 それに関連して「社会調査のウソ」はでたらめな(調査)について豊富な実例を挙げて批判していてこれまたおもしろい。

 
第3位

バルガス=リョサ
「密林の語り部」


 今まで読んだことのないような手触りの小説だった。消息をたった学生時代の友人が現地の先住民族の中に生きているという情報で探しに行くが、先住民族と文明社会の根本的な矛盾にであい語り手は混乱していく。語られる民話の肌合いも文明化された童話とは全く違う不可思議でむしろ無常理といった味だった。

 
第4位

イングボルグ・バッハマン
「三十歳」

 繊細で感受性の強すぎるけれど情緒的ではない主人公の述懐はチリチリしていて、人の醜いところを自然と抉り出していて思わず読み進んでしまう。

 

 
第5位

ジェームズ・ブラッドワース
「アマゾンの倉庫で絶望し、
ウーバーの車で発狂した」


 イギリスのEU離脱、トランプ当選などは、いまま労働党や民主党を支持していた庶民の働く人々が、彼らの住む世界が脅かされていると感じて離反したことが実感としてわかる本だった。
 グローバル化で増えた富は税金をタックスヘブンなどで大幅に節約、あるいは脱税できる層にしか回らず、庶民の不安と困窮が進んでいるころを「トランプ王国2」でもえがえいている。「ポピュリズムとは何か」ではベルギーなどあまり報道されない国のポピュリズム政党の伸長について語っている。

第6位

渡辺京二
「バテレンの世紀」

 愛読している渡辺京二の厚い1冊、キリシタン到来から、宣教師たちの組織と個々の人となり、キリスト教の受容と反発、最後は天草の乱まで世界史的観点から叙述していて大変に面白い。
 寺の打ちこわしなど宣教師の指導による過激な行動の実態も初めて知ることも多かった。ただ天草の乱については未だ分からないことだらけだということだ。

第7位

山室信一
「キメラ ー満州国の肖像」

 「王道楽土」たらんと標語を掲げた満州国の実態を冷静かつ厳しく解剖していて納得できた。満州国民とはなにか、国籍法がないため満州国民は誰だかわならないのだ。日本人で満州国民になったものがいないと同時に、五族協和をかかげられた他の4つの民族も満州国民ではなかったということになる。
 例えば満州国士官学校では、日本人と他の民族の学生では制服も食事も違っていたというエピソードが語られる。関東軍が恣意的に政策を進めるので満洲国政府は当事者性を持てないまま終わりを迎えてしまうのである

 

第8位

堀川惠子
「教誨師」

 死刑囚の教誨師を50年間つとめた真宗の僧侶渡邉普相から長い間話を聞き続け書かれた1冊。
 死刑囚は我々とは隔絶した人間ではないことも伝わると同時に、その人たちと同伴し続ける教誨師や刑務官の苦しさ辛さを著者を描いている。
 刑の確定後から執行の直前まで自分を捨てた母を待ち続ける男の哀れさ。他の人が犯人と結論づけられた殺人2件を自分の犯行という、控訴せず一審で死刑を受け入れた男の回想。ひらがなも読めず小学校1年の教科書から学び始めた死刑囚。恨んで殺した夫婦を今も恨み続ける者。教誨師にあってはじめて自分の心を開いて話すことのできた者も少なくないようだ。
 人間と社会の隠された本質が濃縮された現場にたちあったように思えた、 

第9位

飯島耕一
「白紵歌」


 江戸時代の儒学者の友情の物語と、現代の一人の女性をめぐる回想がいきつもどりつする詩人飯島耕一の小説。雑誌連載中に中断したかで読み切れずに気になっていたが単行本になり読むことができた。のんびりとした感じが良い。
第10位

劉慈欣
「三体」

 中国のSFのパワーに圧倒された。政治状況の描写も面白い。続編のあと2作の翻訳が楽しみ。

番外

 

エマニュエル・ボーヴ
「ぼくのともだち」

 自意識が高くて不器用で貧しい男の悲しくもおかしな日常。自分にも思い当たるところがどこかにあってくすぐったい

番外

井上章一
「つくられた桂離宮神話」

 権威を打破するのがこんなにも大変なのか。桂離宮はそんなに素晴らしいのかという視点で再検討した説得力のある一冊。中では丹下健三のエピソードが面白い、見に行くとこんなものかつまらぬと思うけれどまた気になってくるとのこと。
 私も一度見に行って修学院離宮の方がいいじゃないという感想だった。ただ写真集は圧倒的に桂離宮を撮ったものが面白い。現代の建築で権威ある賞を取ったもので写真も素敵なのでも行ってみるとつまらないと感じることがままある。結局インスタ映えと通底していて、写真や図面、模型の方が素敵という建築なのではないかと思った。
 コルビジェ神話についても書いて欲しい。

 

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